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数年前にも参加して大きな刺激をもらった「Climbers(クライマーズ)」。今年も参加してきました。

参加したのは2日目です。

会場は東京ビッグサイト。平日にもかかわらず、周囲を見渡すとほぼ全員がスーツ姿のビジネスパーソン。ここに集まる人たちのエネルギー自体が、すでに刺激になります。

各界のトップランナーが自身の経験を語るこのイベント、今回は7名の登壇者全員の話が心に刺さりまくりました。メモが追いつかないくらいでしたので、ここに整理しておきます。

フォトレポート:登壇者

※本記事の写真に関しましては、会場アナウンスにて『撮影およびSNS・ブログ等への掲載OK』との案内があったものを使用しております。

橋本環奈さん|「準備に終わりはない」プロの本番力

正直、女優さんがビジネスイベントに登壇するとは思っていませんでした。でも、話を聞いて「これはビジネスそのものだ」と思い直しました。

映画・ドラマ・舞台・紅白の司会と、次々と大役を務めてきた橋本さんが繰り返し語っていたのが「準備に終わりはない」という言葉。

紅白の司会では、前半で時間を使いすぎると後半のアーティストの時間が減る。それは平等ではないと感じ、スタッフと密に連携して10個あった質問を現場で2個に絞るなど、徹底的に時間コントロールを意識されたそうです。

「自分がプレゼンを受ける側だったら何を聞きたいか」を事前に想像しておくこと——この視点は、明日から仕事に使えると思いました。

また、「不安やプレッシャーは感じません、と言葉に出すことで、年々それが真実になってきた」という話も印象的でした。言霊、侮れないですね。

秋山広宣さん(NIKKA)|1万円が6億円になった「つながり」の哲学

ChargeSPOT(モバイルバッテリーシェアリング)を展開するインフォリッチのCEOでありながら、現役ラッパーでもある秋山さん。登場した瞬間からただものじゃないオーラがありました。

波乱万丈な半生を語ってくださったのですが、特に刺さったのがニューヨークでの挫折と自殺未遂のくだりでした。夢を持って渡米したのに、本場の壁にぶつかり精神を病み、ダンプカーに向かって突っ込むという最悪の経験をされました。それでも這い上がり、工場バイトで130万円を貯め、旅に出て、25歳までに結果を出すとお母さんに約束してメジャーデビューを果たされます。

そして、一番驚いたのが「1万円が6億円になった話」。お金がない時期に、信頼するビジネスパートナーから「うちの株を1万円分持ってくれ」と言われ、奥様に反対されながらも直感を信じて購入。その株が後に6億円の価値になり、インフォリッチ設立の資本金になったとのことでした。

2026年夏、ニューヨークへChargeSPOTを持って進出されるとのこと。かつて全てを失って敗走した地に、今度は事業を持って乗り込む。この熱量、すごかったです。

郷ひろみさん|55年間の「備え」が生む110%のパフォーマンス

登場した瞬間、客席がどよめきました。デビュー55年を超えてもなお第一線に立ち続ける郷ひろみさん。その秘訣をビジネス視点で語っていただくというセッションでした。

最も印象に残ったのはこの言葉。

リハーサルを100%やりきって初めて、本番でアドレナリンが加わって110%、120%のパフォーマンスが生まれる。「6〜7割の準備で本番に臨む」という妥協は一切ない、とはっきり言い切っていらっしゃいました。

また、40代で絶頂期にありながらニューヨーク留学で3年間活動を休止された話も興味深かったです。周囲やファンが満足していても、「自分が誤魔化している」という違和感が生じた瞬間、それは聴き手への裏切りだと定義されたというのです。

他人と比較することをやめ、ひたすら昨日の自分と向き合い続ける。55年間ずっとそれをやってこられた方の言葉には、やはり重みがありました。

諸沢莉乃さん|22歳で社長になった「夢は職業じゃない、在り方だ」

現在24歳。15歳のアルバイトから始まり、22歳でCoCo壱番屋29店舗を展開する会社の代表取締役に就任された諸沢さん。若さもさることながら、語る言葉の芯の強さが印象的でした。

成功談ではなく、「自分を育ててくれた人たちから学んだこと」を話すスタンスも好感が持てました。

創業者からかけてもらったという言葉が刺さりました。

「夢とは職業ではなく、人としての在り方でいい」という気づきを得た瞬間だったと語ってくださいました。

社長就任を打診されたとき、一切迷わず「イエス」と即答。「チャンスに即答して後悔したことは一度もない」という言葉も印象に残っています。

壁にぶつかったとき、「なぜこうなったんだ」と悲観するのではなく「この出来事は私に何を教えてくれているんだろう」と捉え直す——矢印を自分に向ける思考法は、明日からでも使えると思いました。

渡邊大知さん|元プロボクサーが語る「逃げない経営論」

プロボクサー出身で、上場企業の社長になった(しかも日本初)という渡邊さん。登壇前から「どんな方なんだろう」と期待値が高かったのですが、想像の遥か上をいく濃度のお話でした。

プロ戦績は2勝6敗1分け。4回戦で3連敗して引退。「成功者の綺麗事ではなく、生で苦しみながら前に進む話しかできない」という前置きが、全て本物でした。

13歳でアルコール依存だったお母さんを亡くし、その第一発見者になった経験を「痛みを感じないまま受け取れた」と語るメンタルの強さ(ご本人は「痛覚麻痺」と表現されていました)は、普通じゃないと感じました。

24歳で実のお父さんを会社から追い出し、全株式と全債務を自ら引き受けたお話も圧巻でした。逃げ場を完全に燃やした上で、ボクシングと経営を「同義」として脳内変換したことで道が開けたとのことでした。

この変換ができる方はなかなかいないと思います。

「正解を探してから進むのではなく、進みながらやり方を変える」——シンプルだけど、本質をついていました。

野口義博さん|83歳、愛を与えっぱなしにする経営

福岡・北九州からいらした83歳の野口さん。ガソリンスタンド経営をしながら、30年間にわたって少年院・刑務所を出た若者を雇い続けてこられた方です。

面接に来た若者は「100%全員採用」。これまで170人以上の少年、230人以上の成人を受け入れてこられました。現社員35名のうち約半数がそういった背景を持つとのことです。

窓ガラスを破って金庫を盗み出した少年が「また雇ってほしい」と戻ってきたとき、再び雇い入れられました。その少年は後に会社の大きな支えになったとのことです。

最後のメッセージが全てを表していました。

83歳で今なお現場に立ち続けるその姿と言葉が、一番心に響いたかもしれません。ビジネスとか経営とか関係なく、人としてどうあるべきか、を考えさせられました。

臼井文雄さん|70歳の義肢装具士が切り拓いた「走る義足」の世界

28歳で義肢装具士に転身し、今年70歳になる臼井さん。35年前、義足を使った切断障害者の陸上パラリンピック出場者が日本でゼロだったという現実を知り、「なんとか走らせてあげたい」と独自に研究を始められた方です。

これまでに200人以上が走れるようになり、20名以上のパラリンピアンを輩出されました。2020年東京五輪では聖火ランナーも務められました。

印象的だったのは「義足を付ければ誰でも走れるわけではない」というお話。本人の努力と、伴走者のサポートが合わさって初めて走れるようになる。そのプロセスを30年間支え続けてこられました。

現在は「隠す」から「魅せる」へをテーマに、義足の女性たちによるファッションショーも手がけていらっしゃいます。最初は消極的だった女性たちが、舞台に立つことで文字通り「人が変わる」ほどの自信を取り戻されるとのことでした。

このセリフを70歳の方に言われると、言い訳が全てなくなる気がしました。

全体を通じて感じたこと

7人それぞれ全く異なるバックグラウンドを持ちながら、共通して語っていらっしゃったことがあります。

  • 準備・積み重ね・凡事徹底を誰一人として否定していませんでした
  • 他責にしないこと。矢印を常に自分に向けること
  • 逃げないこと。逃げ場を燃やして前に進んでこられた方々ばかりでした

数年前に参加したときも刺激をもらいましたが、今回はさらに一段深いところで響きました。自分が歳を重ねて、仕事での経験が増えたからかもしれません。

「乗り越える」というテーマは、単なるモチベーションの話ではなく、具体的な思考法と行動様式の話だということが、7人のお話を通じてよく分かりました。

来年も絶対に来ようと思います。

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