映画「兄を持ち運べるサイズに」の試写を観て
映画「兄を持ち運べるサイズに」の試写をみてきました。
原作は作家・村井理子さんのノンフィクションエッセイ「兄の終い」です。
絶縁状態だった兄の訃報から始まる数日間を描いた物語です。
物語は、柴咲コウさん演じる妹・理子が、オダギリジョーさん演じるどうしようもない兄のために奔走するところから始まります。
正直、最初は理子に心底共感し、兄に対しては軽蔑の念すら抱きながら観ていました。身勝手でデリカシーがなくダメな兄。しかし、兄の遺した痕跡をたどるうちに、理子の知らなかった兄の別の一面が徐々に見えてきます。
どうしようもなくダメな兄だったはずが、最後には愛おしく、素敵に見えてくる。兄という人間を紐解いていくストーリー展開が、コメディタッチで進むため、とても楽しく、そして優しい。
観客である私たち自身に、深い問いを投げかけてきます。
「自分は、兄弟のことを本当に知っているのか。」 「家族のことをちゃんと理解しているのか。」 「自分自身の周りにいる人ほど知らないんじゃないのか。」
最も身近なはずの「家族」の知られざる側面。血の繋がりは時に「呪縛」のようにも感じられますが、この映画は、それも含めて「悪くない」と思わせてくれます。
苦しさと優しさが絶妙なバランスで混ざり合い、観終わった後に心地よさが残る作品でした。
オダギリジョーさんが演じるどうしようもないダメ兄は、まさにはまり役でした。身勝手で鬱屈とした雰囲気を纏った汚れた表情の奥に、どこか人間的な哀愁と魅力を漂わせる雰囲気が、役にぴったりと重なり、物語の核をしっかりと支えています。
主人公の理子を演じる柴咲コウさんの繊細な表情の変化も見どころです。
物語の前半で、ファンイベントの質疑応答で「家族とは」という質問に答えが出せないでいたシーンが、映画を観終わった後に頭をよぎります。
エンドロールが流れた後、作品の中で兄が作る焼きそばを無償に食べたくなりました。子供のころに食べた母の味、父が作ってくれたなんでもないご飯、おばちゃんの懐かしい味、色々とおもいだしてしまいます。
家族って、理屈じゃなくこういうものだよな、と心から腑に落ちる瞬間。そして、やっぱり家族っていいもんだな、と思わせてくれる、温かい希望に満ちた作品です。
観終わった後、「家族」の顔が少し変わって見えるかも。







